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皆遊魚

Author:皆遊魚
初めまして!
台湾航路にようこそ!
最近、色んな史実を知って台湾が好きになりました。
このブログでは今後共、相思相愛になれそうな台湾(人)について語って行きたいと思います。
ものぐさですが、お付合の程、宜しくお願い申上げます。


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昔から台湾は海洋国として様々な国と交流してきました。
日本とも統治時代以降、経済交流も活発に続いており、互いに相乗効果を得ています。
以下、今の台湾経済の参考資料をご紹介します。

【台湾現産業】
現主要産業:電気・電子産業、鉄鋼金属加工業、繊維業、精密機械業
輸出品目:電子電気機械、鉄鋼金属製品、精密機器、プラスチック製品
輸入品目:電子電気機械、原油・鉱産物、鉄鋼金属製品、化学品
対輸出国(2008年):日本、中国、香港、米国、シンガポール
対輸入国(2008年):日本、中国、米国、サウジアラビア、韓国

雇用者数:1028万(全2300万)人 ※日本:6282万(全1億3000万)人
雇用失業率: 5.85(%) ※日本: 5.08(%)
経済成長率:-1.87(%) ※日本:-5.20(%)
GDP(一人当たり):16,391米$ ※日本:39,731米$ @IMF/2009
※GDPとは http://www.fxprime.com/excite/bn_ykk/ykk_bn08.html

下記に、今に至る台湾の産業背景を簡単にまとめました。

1624年 オランダ統治時代(~1661年)
東インド会社(オランダ貿易の拠点) 
原産輸出品目:砂糖、鹿皮、鹿肉、鹿角、籐、米
中継輸入品目:薬品、金属(蘭)、絹、陶器、金(明)、
香料、琥珀、麻布、アヘン、錫、鉛(バタビア/インドネシア)
対輸出国:日本、明(大陸)、李氏朝鮮(半島)

1661年 鄭明(漢族)・統治時代(~1684年)
貿易及び農業の振興政策
製塩業、狩猟品加工業の発展
対輸出国:日本、イギリス

1684年 清朝(満州族)統治時代(~1895年)
水利事業により農業発展
原産輸出品目:米、茶葉、樟脳
対輸出国:清朝 

1895年 日本統治時代(~1945年)
各産業の推進(農業、製糖業、林業、重工業、軍需産業等)
 ※貿易業以上に台湾国内の産業育成を主柱に近代化を進める

1945年 中華民国(外省人:国民党)統治時代
1950年 新台湾ドルの発行、アメリカの援助により工業立国へ躍進
~現在に至る

御覧のように台湾は海洋地理上の重要な拠点として、今までに様々な国が台湾統治に乗出しました。

本格的に貿易が行われたのは、オランダ統治からです。
当時、インドネシアを領有するオランダは日、中、韓と交易をする上で台湾が不可欠でした。
当初の輸出品目は台湾の'原産物'が中心です。
南国だけあって、サトウキビは特産物だったようです。
興味深いのは、台湾の'鹿'加工品輸出です。
この時代、日本でも鎧や兜にも鹿革が使われました。
鹿革は強度や耐久性に優れていたと言われています。
鹿肉について日本では、敗戦後にアメリカが上陸するまで(4つ肢の)肉は一般では食べて居なかったため、日本以外への輸出かと思います。
昔は台湾の鹿も'戦々恐々'としていたのでしょうか?
今、奈良で'センベイ'をもらっている鹿たちは幸せかもしれません(笑)
また、このオランダ時代から'アヘン'が入って来た事も解ります。
アヘン汚染が大陸(清朝)だけでなく、台湾にも及んだのですね~。
この経緯以降、台湾ではアヘン吸引広がります。

鄭明時代では、鄭氏一族が農業政策に力を入れ、食糧自給を安定させました。
製塩業も発展させています。
この時期から、農業の働き手として大陸から漢人入植を進めています。
 ※'鄭成功'は台湾では『国姓爺』と呼ばれ、台湾(本省)人の精神的支柱(開発始祖、「ピルグリム・ファーザー」)として親しまれています

清朝時代では、水利事業を行い、農業生産向上を行いました。
昔から大陸では、台湾を重要視しない風潮があり、清朝でも取り立てて開発する意図はありませんでした。

日本統治時代において、台湾国内の地籍整理、公債発行、貨幣と度量衡の統一、インフラを整備しました。
また、従来型の製糖業の技術革新を行い生産性を上げ、本国の財閥の製糖工場誘致を誘導していました。
公売制度としては、アヘン、樟脳、タバコ、食塩、酒及び度量衡を台湾総督府(日本首脳部)が管理し、台湾税収の安定とアヘン撲滅を行いました。
台湾国内の産業開発に取組んだ背景は、未開地のインフラ整備、教育・識字率向上等のため、台湾国内で公的資金が必要となり、貿易業だけでは国内流用する政策資金を捻出出来なかったためです。
台湾国内の開発と制度改革、同時に自給自足体制の確立と各産業の育成、またそれを持続するための台湾国民の意識改革(教育等)こそが総督府の課題でした。

中華民国時代に入ると、大陸からの外省人入植が活発となりそれに伴う混乱を経て今に至ります。
経済復興のきっかけは、アメリカの経済援助と経済政策からです。

続きは次の機会にしましょう。
 謝 謝

参考資料:
http://ecodb.net/country/TW/
http://ja.wikipedia.org/wiki/台湾の経済
http://ja.wikipedia.org/wiki/台湾の経済史#
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taiwan/data.html
.E3.82.AA.E3.83.A9.E3.83.B3.E3.83.80.E6.9D.B1.E3.82.A4.E3.83.B3.E3.83.89.E4.BC.9A.E7.A4.BE.E3.81.AB.E3.82.88.E3.82.8B.E7.B5.8C.E6.B8.88.E6.B4.BB.E5.8B.95
http://japanese.cri.cn/chinaabc/chapter10/chapter100501.htm

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