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皆遊魚

Author:皆遊魚
初めまして!
台湾航路にようこそ!
最近、色んな史実を知って台湾が好きになりました。
このブログでは今後共、相思相愛になれそうな台湾(人)について語って行きたいと思います。
ものぐさですが、お付合の程、宜しくお願い申上げます。


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どんな訪問国にも言える事ですが、自分自身の出自(ルーツ)や国の歴史を勉強している外国人を見ると、自ずと好意を持ちますよね。
そこで、台湾に住んで居る様々な民族(ルーツ等)について簡単にご紹介します。

台湾の民族は大きく分けますと、漢族(98%)、先住民族(2%/平埔族&高砂族)に分かれます。
各民族の特色は以下になります。
 

●漢族(98%/台湾人):世界人口で4人に1人が漢族と言われている程、有名な民族
 
中国大陸を起源とし、漢字を使い、(月の満ち欠けを基準とする)陰暦文化を軸とする祭事を伝承しています。
 ※例:春節(旧正月=現1/末~2/中)、端午節(旧 5/5)、中秋節(旧 8/15)等

ご存じの様に、世界中に華人(定住先国籍有)、華僑(定住先国籍無)がいて彼らは(台湾はもちろん)どんな外国で
生活しようともこの陰暦文化をその土地で実践しています。
 ※『春節』の時、各漢族コミュニティーで『爆竹』や『獅子舞』等を催すのはとても有名ですよね~
しかし、台湾では同漢族でも、本省人、外省人とに分かれています。
両省人共、台湾に対する考え方は違いますが、伝統文化への取り組み方は同じようです。
ただ、基本的に外省人は台湾語に理解を示さないので、北京語のみ使うケースが多いようです。

○本省(84%/土着)人:大東亜戦争以前、大陸(福建省等)から台湾へ渡って来た漢族
(客家人、泉州人、ショウ州人等)が台湾(平野部)に来台後、【平埔族】と婚姻した漢族
○外省(14%/国民党)人:大東亜戦争後(1945~)、台湾統治から日本が引き揚げた後、蒋介石と共に大陸からやって来た漢族


●先住民族(2%/台湾人):漢族が台湾に渡航する以前より、住んで居た人たち

○平埔族:台湾平野部に住んで居る先住民族
@ケタガラン族/ タオカス族/ パゼッヘ族/ パポラ族/ バブザ族/ ホアニア族/ シラヤ族/ マカタオ族

☆高砂族:台湾高地部、蘭嶼島に住んで居る先住民族
@アミ族/ アタヤル族/ セデック族/ パイワン族/ ブヌン族/ ルカイ族
プユマ族/ サイシャット族/ ツオウ族/ タオ族/ サオ族/ クバラン族

各種族毎に、言語、風習がことなります。
 ※例:男系or女系社会の違い、精霊信仰、刺青、出草(以前あった首狩り)等 

先住民族は文字を使わず、口伝で文化伝承をしてきました。
そのため戦前まで、先住民族の歴史記述や伝承文化の文献はありませんでした。
現在の研究では、日本統治時代の'先住民族文献'を筆頭に、'DNA鑑定'などを駆使して民族ルーツを照会しています。
平埔族についても、はっきりした出自はわかりません。
台湾がオランダの植民支配(1624~62年)を受けていた時、貿易荷役要員として中国大陸から沢山の漢人を連れて来た時期が一番、平埔族と漢族との婚姻が進み、台湾国内で漢人同化していったと言われています。
今では、ほとんどの平埔族は漢族となり本省人とみなされているようです。
 ※もちろん、伝統を守っている平埔族の方もおられます
台湾旅行中、'平埔族'の風習(例:高床式家屋、競走祭、女顔への刺青等)を見る事が出来れば、とてもラッキーかもしれません。

高砂族は日本が台湾に上陸した後、国内で最後まで抵抗運動をした勇猛な先住民たちです。
平埔族と同じく、高砂族も文字を使わず、口伝で文化伝承をしてきたので、戦前まで歴史記述や伝承文化の文献はありませんでした。

各先住種族間のコミュニケーションが成立つきっかけになったのが、当時の'日本統治'下における全台湾国民への'日本語教育'です。
現在でも先住種族間で日本語が使われるのは、当時小、中学生だった先住台湾人がご存命のためです。
もし私達日本人が台湾を訪れた時、都市部よりも高砂族エリアの方が、日本語を話す機会に恵まれるかもしれません。
ご存じの様に、この当時の教育を受けた台湾の方は今でも博識で'日本語書籍'を軽々と通読し、正統な'日本語'を話されるのでお会いすると、『背筋が伸びる』事でしょう! 

以上、簡単に'台湾民族'を見て来ましたがこれだけでも様々な特徴があります。
訪台時、実際に見る事を楽しみにしています。
 謝謝

 
 ☆ 高砂族は大東亜(太平洋)戦争(1941~)時、日本軍人として各太平洋戦地で活躍し、日本兵が苦手とする密林戦で目覚ましい活躍をしました。
当時、日本政府公認の志願兵(高砂義勇兵)は約4000名居たと言われますが終戦時、約1000名が台湾に帰国したそうです。
通常、日本兵として職務を全うすれば、兵役に従事した当人はもちろんその家族も日本国内では恩給、見舞金、勲章等色んな労いを受けられます。
しかし戦後、'日本兵'(日本政府公認)として日本のために戦った高砂族の人たちに対し、未だに日本政府はその労に報いていません。
その背景には、日中国交正常後、中国側からの圧力で日本政府が媚中外交に傾倒してしまっているためです。
台湾は親日的な背景が強い国ですが、一部ではこのような情のない日本政府の対応のため、怒っている台湾人が居る事も事実です。
台湾を訪れる時、このようなねつ造でない'史実'を理解していれば、その土地の人達が日本人の何に対して怒っているのかを理解する事が出来ます。
当面、日本政府を動かすには時間が掛かりますが、まず、私達が本当の事を知り、周りに広めて行く事が大切だと思います。
 


参考資料:
http://irc.aa.tufs.ac.jp/thomson/vol_2/2_2.html

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